ハイチ大地震起きたのが、1月の中旬。
その凄惨な状況とともに、世界各国の支援の在り方が改めて問われているなか、最近では文化人らによる支援活動が活発化しています。
人である以上人種や宗教は関係なく、助け合う。とても素敵で、かくあるべきだなぁ。
そう感じてやみません。
ところが、一方で、自分たちの知名度や好感度を上げるための行為では?という疑惑も仕方ないよなぁという気持ちもあります。
それは「本当に困っている人は、今の瞬間なにが必要なのか?それが解決しない“根本的問題”は、はたしてあなた達の活動で解決する、あるいは解決のきっかけをあたえられるのだろうか」をよくブレインから知識や周辺情報を得たうえで企画行動しているとは到底思えないような活動が目につくからです。
結果を伴わない行動は、経済のためだけという印象を持たれても仕方ありません。なぜなら、悪意ある行為をする人と善意ある行為をする人の違いを表だって見て取ることができない行動には大きなリスクが伴うためです。
ハイチとは状況は全く異なりますが、アフリカの情勢が未だに改善の兆しをみせないのは、支援をしてもその間の“マージン(地域自治軍と呼ばれる)”によって、結果として難民や貧困者達には送った物資の1割ほどしか届かないという事を、ある国際支援団体の幹部さんから伺い驚愕したことがあります。
要するに、その問題の本質をとらえない行動は誤解の方が大きくなるということなのです。
環境問題においても同様です。
さぁ環境をよくするために~をしよう!という活動は大いに称賛されるべきですが、称賛される行動と成果のでる行動とは別であったりすることがあるものです。
善意ある行為や気持を守るためにも、こういった厳しい視点は誰かしらがもっていなくてはなりません。我々MaterialToneも本質に鋭く切り込む組織であるべく取り組んでまいります。
