幸せと感じるならそれが幸せ「GNH」

2009/11/04

幸せって何をもってして定義できる事なんでしょう。お金?家?地位?野望?快楽?友人?家族?、これは人によって異なりますよね。しかしながらどんな人にでも共通の絶対に普遍のものがあります。

それは、「本人が幸せと思っているかどうか」です。

皆それぞれが、幸せと思える世の中にするためには何が必要なのか?
表題にある「GNH」とは、国民総幸福量の略であり、結果的に環境を破壊してきた「GNP(国民総生産)」や「GDP(国内総生産)」の考え方に対する新たな選択肢です。要するに、国の豊かさや成長の基準を「生産」ではなく「幸せに感じるかどうか」で判断しようとする試みです。

GNP、GDPが振りまいてきたものは幸せなのか?
中国環境保護部の周生賢(ジョウ・ションシエン)部長はこう言います。
「発展とは燃焼させるようなもの。そこで燃えて消えるのは資源であり、環境汚染だけが残る。そして最後に生まれるのはGDPだ」という言葉。まさに生産主義で突っ走ってきた僕らの旧型の考え方ではもはや時代遅れだということを端的に言葉にのせています。

つまり物中心で来た今までの進化だけでは、とどまる事のない物欲的な幸福感を社会や世界が提供できなくなってゆくということを明確にしているということです。

小国だから高貴な思考ができないとは限りませんね。GNHという考え方は、インド近くの小さな国、ブータンの当時若干21歳(1976年)のジグミ・シンゲ・ワンチュクという若い国王が「経済発展は南北対立や貧困問題、環境破壊、文化の喪失につながり、必ずしも幸せにつながるとは限らない」事を見出したことで明確なった考え方です。

そして以下の政策を打ち出しました。

1)経済成長と開発
2)文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興
3)豊かな自然環境の保全と持続可能な利用
4)よき統治

これは現在、先進国の間で確実に広がりつつある考え方でもあります。
このGNH、経済政策にどうやって反映させるのか?という問題はありますが、今の生活をガラっと変えてしまおうなんていうのはなかなか現実的ではないでしょう。それなら、現状の生活のままで幸せに思うには何をどう変えればいいのか?

幸せという尺度は、主張でもあります。
同時に、比較でもあります。

大きな力がその大切さに気づくことを祈るばかりです。

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