家族中心?会社中心?どちらが正義?

2009/09/03

スチュアート・チェンバース(元日本板硝子CEO)日本板硝子の英国人社長、スチュアート・チェンバース氏が辞任しました。
ちなみにこの日本板硝子社、会長(藤本勝司氏)の娘が、芸能人の千秋さんということでも有名ですよね。

その辞任理由はこうです

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「多くの日本人、とくに古典的なサラリーマンは、まず会社ありきで、家族は二の次にしていると思います。それを間違っているとまでは言いませんが、私は、そうすることができませんでした」

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これに対していろいろな意見が出ています。
「家族を想うから働くんだろ!」「日本の経営者はみなこうなってくれればもっと日本は豊かになる!」など。

こういった議論は結婚していて、子供もいる身か、独身者かによっても大きく変わるものでしょう。責任のタイプが違いますから。また既婚者であっても、名誉や実績をどうやって得たいのかによって変わってくるのかなと思います。

ちなみに僕も「会社が潤う為」「家族にお給料を渡し生活できるようにする為」「自分が好きなことができるようにする為」に働いていることに変わりはありません。

ただ身に置き換えてよく考えてみれば、家族がいるのになかなか家にも帰れず、たまに帰ったとき皆がそっけなくなっていたら、例えば妻に対して「いつもそばにいてくれる旦那がいたらきっとメンタルにいいだろうなぁ」とか「子供の人格形成上よくないのは確かだな」などと言うことが頭をよぎるんですよね。家族がいる以上、ビジネスマンとしての理想の自分と、人の親として子供を育てる事業、両方を成功させる器用さがないとカッコ悪いというか。

文武両道を追及する感覚とちょっと似ているかなと思います。

現実的なことをちょっと言えば、雇用者目線だと「自分が頑張って会社は潤っても、会社は自分がピンチの時に助けてはくれない」ということを感じ、経営者目線だと「あなたが限られた時間でこなせる量を増やすよう自己研鑽・環境整備に協力してくれるなら、通常よりもピンチになりにくい待遇をしましょう」と考えるのかなと。

この考えについて、誤解がないように書いておきますが、家族経営を推奨しているわけではありません。ビジネスにおいて慣れ合いは良い結果を生まないことの方が多いということを信じている人間ですので。

ま、この際経営者目線での話は抜きにして、もっと掘り下げて自分に問うてみれば、僕の場合、家族がいるから仕事をしているけれども、家族がいないならもっと自分を輝かせるフィールドを探して無給の事でもやれると実感している事から考えれば、改めて家族ベースの人間なのだということが分かるわけです。

残業の積み重ねで数十万の昇給を目指すのか、残業を積み重ねずして高効率の仕事と子育て事業の両立を図るのか。
要するに、僕はスチュアート・チェンバース氏の考えに強く賛同し「家族と近い空間を共有する事の重要性」を理解しているという事なんです。

大企業のCEOでありながら、今回の決断。
大きな敬意と勇気への賞賛の気持ちを抱かざる負えません。。

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