30歳成人説…

2011/07/30

作家の村上春樹さんが提唱している30歳成人説。

あまり深く考えずに活字のイメージだけだと直感的に「それわかる」という気がします。
ただ、冷静になってみれば従来の設定自体が案外不自然だなと思えたりするものです。

まず僕の10代、20代、30代はどうかなと顧みてみると。。


10代は完全に無駄な、勉強オンリー時代。
青春てば、夏休みの講習の後で硬式庭球の部活に燃えたなぁくらい。
恋愛も周りに比べると大してしなかったなぁと。
本業逸脱ということでバイトもしていなかった為(したら怒られた)、
社会のルールもろくに知らず、偏った忍耐力と、物事の論理性の基礎だけを培っていたように思います。

20代は完全に残念な、遊びと失敗だけの時代。
前代の反動で、学校の講義もそこそこにバイクのカスタムに凝りまくるわ、
女の子と海に行ってはハメ外すわ、
根拠のない無敵感で、新宿で怖いお兄さんに殴られるわ…、
時間を無尽蔵に使って、朝から晩まで絵を描いたり造形を作ったり図面書いたり。
ただ、同時に社会にも出て、仕事に背骨がとおり
しっかり腰を据えてデザイン設計とインターネット構築だけに徹底して夢中になり続けられた時代でもありました。
ちなみにプロジェクト失敗率は5割越え(涙…果物ナイフのようなチャレンジ精神が旺盛でしたなぁ…)。

30代になりようやく、成功率が失敗率を大きく越え始め、
社会と自分が肩を並べられるようになってきた時代。
10、20代で学んだ忍耐、論理、社会、主張の通し方、失敗の味、成功のルールなどを
独自に調合できるようになってき始めたかなぁと感じます。
年上の方々とも、そして年下の人達ともまともに話が出来るようになったというか。

たしかに30代になってようやく成人したような気もします。

成人と未成人の境界って何だろうと考えると、
自分が不利にならないように他人の為にも立ちまわれる力を
制御できるようになり始めたかどうか
じゃないかなと思うわけです。
なので、僕はそもそも年齢で区切るのは不自然に感じるんですね。

数字の尺度って所は良いと思うのですが、
20歳で成人という定義が曖昧で説得力がない。
いよいよ成人だというよりも、これから成人になってほしいというのにも少々疑問。
言えば25歳でも30歳でも60歳でもいいわけですから。
そう考えるとこういう区切りほど意味がないものもないのかなと思います。

年齢での成人可否の尺度って一見平等に見えますが、
相反する答えに満ちていると思うのです。
年輪を重ねてもなお、子供のような経年者がいる半面、
中学校に入るかどうかという程の若人が社会の暗黙にメスを入れるような
会心のアプローチをサクッとやってしまう未成人も沢山いますから。
成人ってなんぞや!?と。

いずれにせよ僕はちゃんとした成人が増えてくれるかどうかは年齢ボーダーではなくて
社会に出た時の親たる「企業」が設定すべきと考えていますが、
まぁ、みんなでゆっくり考えてみましょ(笑)

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